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【ネット議論の手法】 

●オッカムの剃刀

 可能性の高い「仮説」の積み重ねによって「真実」に近づくことができるとして、問題は、「可能性の高さ」を判断する基準です。
 私は、この基準は「常識」でいいと思っています。
 というより、「証明」が不可能なネット上の議論では、他に判断基準がありません。
 もちろん、何を「常識」とするかは、個人の感覚でもあるのですが、不特定多数が参加するネット議論では、参加者の多くが妥当と考えることが「常識」としての意味を持ち、議論の積み重ねによって、その「常識」が具体化していきます。

 例えば、ある事象(結果)が起きた原因(理由)を考えるとして、いくつかの「仮説」が提示されます。
 さらにその「仮説」の根拠となる理由(仮説)が提示され、さらにまたその理由が・・・と、仮説の検証が繰り返されていくのですが、個々の検証の段階ではそれなりの説得力があったとしても、最終的に全体を俯瞰して見ると、最終的な結果と発端となる理由を結ぶストーリーがチグハグになっていることがあります。
 連載漫画のストーリーがどんどんエスカレートしていくように、「その場しのぎの仮説」でつじつまを合わせても、話が大ゲサになり続け、最後は筋書き自体が破綻してしまうのです。
 最終的に、多くの人が納得できる(破綻のない)筋書きが出来あがったとき、それが「真実」に近い可能性は極めて高いと考えられるわけです。

●過ちては改むるに憚ること勿れ

 ネット上の議論で真実に迫ろうとするならば、一つの仮説に固執してはいけません。
 「確証バイアス」が働いてしまったら、いくら議論を重ねても、それ以上の検証は出来なくなってしまいます。
 様々な可能性をニュートラルな立場で検証するためには、あり得ないと思われる仮説であっても、頭から否定するようなことはせずに、なぜあり得ないのか、その理由を考えることが大切です。
 相手を論破するゲームをしているわけではないのですから、自説を固定する必要もありません。
 新しい情報が出て来て自説を支えていた前提条件が崩れるかもしれませんし、議論を通じて自分が今まで見落としていたことに気付くかもしれません。
 他により妥当な(可能性が高い)仮説があると思ったら、自説を変えるのは当然かつ必要なことなのです。

 
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