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【ネット議論の意義】 

●納豆ダイエット

 実際問題として、個人が持っている専門的な知識は、たいがいは仕事や趣味の分野に限られます。
 それ以外の分野では「素人」なのですから、「専門家」による「解説」や「実験」を信じてしまうのは、ある意味当然であり、仕方がないことでしょう。
 しかし、そこに間違いが混じっていることが分かってしまうと、単に情報の正誤というレベルを越えて、「胡散臭さ」まで感じてしまいます。
 事実、「専門家」の威光で「素人」を騙すのは、簡単なことでしょう。

●アポロ月着陸捏造説

 もっとも、間違いを見抜くことができる人にとっては、そのテの話は「トンデモ論」以上でも以下でもありません。
 「専門家」が出て来たところで、逆に「胡散臭さ」が強調されるだけです。
 いちいち反論するのもバカらしく、これが、TVのバラエティー番組のように、お笑いで済むならば、生暖かい目で見守るのが大人の対応ということなのかもしれません。

●霊感商法

 しかし、時にはお笑いでは済まされないようなこともあります。
 そういう時は、例え「トンデモ論」でも、正面から反論する必要があると思います。
 もっとも、「確証バイアス」に囚われている人(信者)に対しては、何を言っても無駄ですから、そういう人を相手に議論をしようとしても、空回りするだけです。
 「トンデモ論」に反論するのは、「信者」と議論するためでも、まして「信者」を「サルベージ」するためでもなく、これ以上、「信者」を増やさないように、冷静に考えるための足がかりを提示するためです。
 そういった意味で、ネットは非常に有効な道具だと思います。

→【ネット議論の可能性】
 
  
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