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【記憶=真実?】 

 裁判所がバスが動いていたと認定した事について、裁判で証言をしていない生徒を含め、弁護側証人を「嘘つき」呼ばわりしたのも同然だというような論調も見られますが、これは誤解というより曲解です。

 (参考)
 超常現象の謎解き(記憶編)
 http://www.nazotoki.com/step2.html

 参考サイトを見て下さい。
 決して冗談で引用したわけではなく、記憶がいかに不確実なものかということについて、わかりやすく解説されています。

 記憶というものが、必ずしも「真実の記録」とは言えないということが分かっていれば、記憶に基づく証言も、決して鵜呑みにはできないものだということがわかるでしょう。
 裁判において、証言が採用されないというのは、証言の正確性に疑問があるということであって、証言者が嘘をついていると判断したという意味ではないのです。

→【弁護側証人の証言が採用されなかった理由】

 (追記)
●生徒の証言について

 バスに乗っていた生徒達のほとんどは、バスが止まっていたと証言しているようですが、当初の新聞の取材では、止まっていたと証言した生徒は3名で、ほとんどの生徒がわからないと答え、また、3名の生徒は動いていたと答えていたようです。

本紙はバスに乗っていた生徒のうち、二十人から対面で話を聞いた。
事故の瞬間の明確な記憶が残っていない生徒も多いが、三人が『バスは止まっていた』とする一方で、同数の別の生徒が『バスはゆっくりだが、動いていた』と答えており、弁護側の主張に全面的に沿ったものとも言えなかった。
(高知新聞 2007年10月28日 朝刊)

http://www34.atwiki.jp/madmax_2007/m/pages/390.html

 バスの運転手(以下、K氏)や支援者は新聞記者の誘導があったと考えているようですが、新聞記者が警察の主張に沿う証言を引き出そうとする動機がわかりません。
 K氏によれば、記者の取材も「異常」で、記事の構成も「不公平」だということですが、K氏側の説明に疑問があれば、それについて質問をするのは当然ですし、裏が取れない話や矛盾がある話を、そのまま記事にするような事も、普通はしないでしょう。

→【ネット上で見られる誤解】
→【マスコミ報道について】

 むしろ、生徒達のほとんどが署名集め等の支援活動に参加したことを考えると、証言が変わったことについては、事後情報と話し合いによる「記憶の変容」があった可能性が強く疑われます。
 さらに、支援活動に参加したことで、中立的な第三者という立場も失われてしまいましたから、今後、国家賠償請求訴訟で証言台に立つことがあるとしても、証言の信用(正確)性は、当然疑われることになるでしょう。

  
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